2009年6月21日
― 英国科学雑誌「Nature Medicine(ネイチャー メディシン)」において研究成果を発表 ―
エンテロウイルス71が細胞に感染するための受容体を解明
~重症化する手足口病の診断・治療法開発につながる発見~
財団法人東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所の山吉誠也 研究員と小池智 副参事研究員らのグループは、独立行政法人物質・材料研究機構 ナノ融合センター 花方信孝副センター長らのグループとの共同研究において、エンテロウイルス71が細胞に感染する際の感染受容体を世界で初めて明らかにしました。エンテロウイルス71は、手足口病の原因ウイルスですが、まれに死に至る重篤な神経症状を引き起こすことがあり、その感染メカニズムの解明が急がれています。
この研究成果は、英国科学雑誌「Nature Medicine(ネイチャー メディシン)」の6月21日(英国時間)付オンライン版と7月1日(英国時間)発行の「Nature Medicine(ネイチャー メディシン)」に掲載されました。
なお、この研究は、文部科学省のナノテクノロジーネットワークに参画し、施設の共用化を進めている独立行政法人物質・材料研究機構の「NIMSナノテクノロジー拠点事業(運営:国際ナノテクノロジーネットワーク拠点)」を活用して行われたものです。
感染症: スカベンジャー受容体B2はエンテロウイルス71の細胞受容体である
Scavenger receptor B2 is a cellular receptor for enterovirus 71
Nature Medicine 15, 798 - 801 (2009)
Published online: 21 June 2009
Seiya Yamayoshi, Yasuko Yamashita, Jifen Li, Nobutaka Hanagata, Takashi Minowa, Taro Takemura & Satoshi Koike
研究の背景
エンテロウイルス71は、乳幼児や小児によく見られる手足口病(
※1)を引き起こします。手足口病の原因ウイルスとしては、このほかにコクサッキーウイルスA16等が知られていますが、エンテロウイルス71による手足口病では、まれに中枢神経症状(
※2)が発症し、死に至る場合もあります。中国においては、近年エンテロウイルス71による手足口病の大流行が発生し、今年の患者数は4月上旬の時点で既に11万人に達し、50名以上の死者が出ているとの報道もあります。日本では、これまで多数の死者が出るような大きな流行は報告されていませんが、大流行した場合には多くの乳幼児が犠牲になるおそれもあります。通常は軽い症状しか引き起こさないエンテロウイルス71が、どのような場合に中枢神経症状を引き起こすのかなどについては、これまでのところ解明されていません。
こうした中で、エンテロウイルス71の感染拡大を防ぐためには細胞に感染するメカニズムの解明が重要ですが、どのような分子を感染受容体(
※3)として利用するかについては、これまで分かっていませんでした。
研究成果の概要
今回の研究では、エンテロウイルス71に対する感受性が高い(感染しやすい)ヒト由来のRD細胞(
※4)と、感受性が低いマウス由来のL929細胞(
※5)との違いに注目して解析した結果、Scavenger Receptor B2(SCARB2)と呼ばれる分子がエンテロウイルス71の感染受容体であることを発見しました。
まず、L929細胞にRD細胞のゲノムDNAを導入し、RD細胞由来のヒト遺伝子によりエンテロウイルス71に感染するような性質を獲得したL929細胞を作りだすことに成功しました(図1参照)。次に、その細胞に導入されたヒトの遺伝子を検索した結果、SCARB2がその細胞に導入されていることが示唆されました。確認実験の結果、エンテロウイルス71は、ヒトのSCARB2を発現させたマウス由来のL929細胞には感染し、増殖することができましたが、SCARB2を発現させなかったL929細胞には感染することができませんでした(図2参照)。
図1.RD細胞由来ゲノムDNA導入によるエンテロウイルス71感受性L929細胞の出現
マウス由来のL929細胞にヒト由来のRD細胞のゲノムDNAを導入した細胞には、ヒト由来の遺伝子によりエンテロウイルス71(EV71)に感受性を示すようになる細胞が存在する。
図2.エンテロウイルス71の細胞感染
エンテロウイルス71(EV71)は、感染受容体であるヒトのSCARB2が発現している細胞(左)には感染し、子孫ウイルスを増殖させることができるが、ヒトのSCARB2を発現していない細胞(右)には感染することができず、子孫ウイルスを増やすことができない。
また、SCARB2に対する抗体をあらかじめ作用させる(SCARB2を抗原とする抗体を、先にSCARB2に結合させてしまう)ことにより、エンテロウイルス71の細胞への結合及び感染が阻害されました(図3参照)。
図3.SCARB2に対する抗体による感染の阻害
ヒトのSCARB2に対する抗体を予め作用させることにより、エンテロウイルス71(EV71)の感染を阻害することができる。
発見の意義
エンテロウイルス71の感染機構の一端が明らかになったことにより、通常の症状の手足口病と中枢神経症状を引き起こす場合の違い、つまり重症化メカニズムの解明につながると考えられます。
また、感染受容体を利用して、エンテロウイルス71に対して特異的な感受性を持つ細胞株を樹立すれば、これに手足口病の症状が出た患者の検体を感染させることにより、原因ウイルスを早期に分離し、重症化の可能性について迅速に診断するシステムを構築することが考えられます。現在、流行しているウイルスの強毒性を判定しうる動物モデルはありませんが、将来的には、それを判断できる小動物モデルが開発できる可能性があります。
さらに、SCARB2を標的としてエンテロウイルス71の細胞感染を阻害することにより手足口病の重症化を未然に防ぐ、新たな機序による治療薬の開発に将来的につながる可能性も期待できます。
用語説明
※1:手足口病
手のひら、足の裏、口の中等の水疱性発疹が特徴的な病気。一般的には、発熱で始まる軽い病気で、ほとんどの子供が1週間から10日程度で自然に治る。
※2:中枢神経症状
エンテロウイルス71による中枢神経症状としては、髄膜炎、脳炎、急性弛緩性麻痺等を示すことがある。
※3:感染受容体
ウイルスが細胞に結合し、感染する際に利用する細胞側の因子。一般的に細胞の表面上にある
※4:RD細胞
ヒトの横紋筋細胞由来の細胞株。エンテロウイルス71のみでなく、コクサッキーウイルスA16など近縁なウイルスに感受性が高いため、それらのウイルスの分離・同定に用いられている。
※5:L929細胞
マウスの繊維芽細胞由来で、世界で初めてクローン化された細胞株。エンテロウイルス71などに対する感受性はそれほど高くない。