2009年5月14日
― 米国科学雑誌「Cell(セル)」において研究成果を発表 ―
細胞内の“たんぱく質分解装置”が形成される仕組みを解明
~新たなたんぱく質を標的とした抗がん剤開発につながる発見~
財団法人東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所の田中啓二所長代行、佐伯泰主任研究員、東江昭夫東京大学名誉教授らのグループは、細胞内における不要なたんぱく質の分解装置「26Sプロテアソーム」の形成を助ける複数のたんぱく質を発見し、26Sプロテアソームがどのように形成されるかを世界で初めて明らかにしました。プロテアソームは、すべての細胞に存在して生命活動に重要な役割を担っており、がん細胞においては、逆にその働きを阻害することでがん細胞を死滅させることができることから、プロテアソーム阻害剤は、現在さまざまながんの治療薬として注目されています。今回発見された一連のたんぱく質は、こうした抗がん剤を開発する際の新しいターゲットになることが期待されます。
この研究成果は、米国科学雑誌「Cell(セル)」の5月14日(米国東部時間)付オンライン版で発表されました。さらに、5月29日(米国東部時間)発行の「Cell(セル)」にも掲載されます。
Multiple proteasome-interacting proteins assist the assembly of the yeast 19S regulatory particle.
Cell. 2009 May 29;137(5):900-13. Epub 2009 May 14.
Saeki Y, Toh-E A, Kudo T, Kawamura H, Tanaka K
研究の背景
私たちの体の細胞内に存在する多種多様なたんぱく質には、それぞれの寿命があり、天寿を全うしたあと分解されて再利用されますが、このたんぱく質分解にも秩序だった制御が働いています。
痛んだり不要になったりしたたんぱく質には、ユビキチンという小さなタグ(分解の目印)がつけられ、それを目印に26Sプロテアソームと呼ばれる「分解装置」が不要たんぱく質を選別して分解します(図1参照)。このたんぱく質分解には、即効性と完全性が求められるため、26Sプロテアソームは、いわば「高機能なシュレッダー」である必要があり、この分解システムが正常に働かないと、パーキンソン病等の神経変性疾患や、がん等の病気を誘発するおそれがあります。
また、近年、26Sプロテアソームの活性を阻害する薬剤は、がん細胞内の不要たんぱく質を分解できないようにしてがん細胞を死滅させる働きがあることから、抗がん剤として有効であることが明らかとなっており、26Sプロテアソームはこうした薬剤の標的分子としても注目を浴びています。
このように、私たちの生命活動にとって極めて重要な働きを持つ26Sプロテアソームは、20S、19Sと呼ばれる2つの大きな複合体からなる巨大で複雑な酵素です(図1参照)。今までに田中啓二所長代行らのグループは、活性部位(
※1)である20S複合体がどのように形成されているかについて明らかにしてきましたが、さらに複雑で重要な機能を担うとされる活性調節部位(
※1)19S複合体がどのように形成されていくのかについては、これまでほとんど分かっていませんでした。
図1.ユビキチン-プロテアソーム系によるたんぱく質の分解
細胞内で、不要なたんぱく質や痛んだたんぱく質は、ユビキチンというタグ(目印)をつけられる。ユビキチンが結合したたんぱく質は、26Sプロテアソームと呼ばれる巨大な分解装置によって分解される。
研究成果の概要
今回の研究では、肝がん細胞で高発現しプロテアソームと一時的に結合するガンキリンというたんぱく質に注目し、ヒトの細胞と大変よく似た仕組みを持つ酵母細胞を用いて、ガンキリンと挙動が似ている新たな3つのたんぱく質(Hsm3、Nas2、Rpn14)を発見しました。
酵母細胞では、ガンキリンを含むこれら4つのたんぱく質の機能を喪失させると、高温などのさまざまなストレス下において生存することができなくなり、26Sプロテアソームが消失していることを見出しました。これら4つのたんぱく質は、19S複合体基底部の各部品と、それぞれ異なる構成の複合体をつくり、19S複合体が完成するまでエスコートする(構成部品である分子の集合を助ける)新しいシャペロンたんぱく質(
※2)であることをつきとめました(図2参照)。
図2.19S複合体は4つの分子シャペロンに助けられて形成する。
4つの新しいシャペロンたんぱく質が19S複合体基底部の部品となるたんぱく質と結合し、
19S複合体の分子集合を助ける。これらシャペロン群がないと19S複合体がほとんど形成されなくなる。
発見の意義
今回、26Sプロテアソームの活性調節部位に相当する19S複合体の形成に、4つの特異的なシャペロンたんぱく質が必要であることを初めて明らかにしました。
現在、プロテアソームの阻害剤は、さまざまながんの治療薬として注目されていますが、今回発見された特異的シャペロンたんぱく質は、抗がん剤の新しいターゲットとなりうるもので、これまでには考えられていなかった新しい機序によるがん治療薬の開発につながることが期待されます。
※本論文の紹介記事が「セル」誌に掲載されました。
Cell. 2009 July 10; 138(1): 25-29. Leading Edge Minireview
Getting to First Base in Proteasome Assembly
Henrike C. Besche, Andreas Peth and Alfred L. Goldberg,
Assembly of complex structures such as the eukaryotic 26S proteasome
requires intricate mechanisms that ensure precise subunit arrangements.
Recent studies have shed light on the pathway for ordered assembly of
the base of the 19S regulatory particle of the 26S proteasome by
identifying new precursor complexes and four dedicated chaperones
involved in its assembly.
補記
Cell誌の同じ号にback to backとして「哺乳類プロテアソームの19S RP形成を支援する新奇シャペロン群の発見」に関する共同研究論文が掲載されました。
【論文の骨子】
巨大な蛋白質分解酵素であるプロテアソームは約70種のサブユニットから成り、蛋白質分解を実行する20S Core Particleの分子集合にはいくつかのシャペロン分子が介在することが報告されています。しかし調節部位である 19S Regulatory Particle (RP)の分子集合機構は明らかではありませんでした。 今回の論文ではプロテアソームと一時的に結合するタンパク質(proteasome-interacting proteins、 PIPs)に着目し、siRNAを用いた生化学的解析により哺乳類細胞における19S RPの分子集合機構について以下のことを示しました。
・p28/Gankyrin、Rpn14、S5b、p27は26Sプロテアソームには結合せず、形成過程のbaseサブユニットと結合してそれぞれp28-Rpt3-Rpt6-Rpn14、S5b-Rpt1-Rpt2-Rpn1、p27-Rpt5-Rpt4とサブアセンブリを形成していた。
・19S RPのbaseサブユニットのノックダウンはサブアセンブリ内で結合する19S RPのbaseサブユニットが不安定化し、他のサブアセンブリの蓄積が観察された。
・p28、S5b、p27をノックダウンすると、サブアセンブリ同士の会合が抑制され、19S RPのbase形成が阻害された。
以上の結果より、19S RPのbaseの形成はp28-Rpt3-Rpt6-Rpn14とS5b-Rpt1-Rpt2-Rpn1の会合から始まり、そのあとにp27-Rpt5-Rpt4が組み込まれ、この過程でp28、Rpn14、S5b、p27がサブアセンブリ同士の会合を制御するシャペロンとして機能することを明らかとしました。
出芽酵母とほとんど同じアセンブリメカニズムですが、 細かいところで違いがいくつかあります。特にサブアセンブリの会合の順番が異なっている点が大きな相違点です。
Assembly pathway of the Mammalian proteasome base subcomplex is mediated by multiple specific chaperones.
Cell. 2009 May 29;137(5):914-25.
Kaneko T, Hamazaki J, Iemura S, Sasaki K, Furuyama K, Natsume T, Tanaka K, Murata S.
用語説明
※1:活性部位・活性調節部位
活性部位は酵素の中で基質(酵素の作用によって化学反応を起こす物質)と結合し作用する部位をいい、活性調節部位は酵素全体や活性部位の機能を制御する部位をいう。
※2:シャペロンたんぱく質
シャペロンとは本来「介添え人」の意で、他のたんぱく質の構造を安定化させたり、修復を助けたりする働きを持つたんぱく質の総称であり、細胞を守る働きがある。