2009年5月1日
― 米国科学雑誌 「Cell(セル)」において研究成果を発表 ―
細胞内で「ユビキチン」の量がコントロールされる仕組みを解明
~神経変性疾患やがんに関連するたんぱく質の制御メカニズムの発見~
財団法人東京都医学研究機構 東京都臨床医学総合研究所、先端研究センターの木村洋子研究員と田中啓二所長代行らのグループは、東京大学薬学部 村田茂穂教授、八代田英樹准教授及び京都大学生命科学研究科 垣塚彰教授との共同研究において、生物の生命維持に必要な「ユビキチン」と呼ばれるたんぱく質が、細胞内で適切な量にコントロールされる新たな仕組みを世界で初めて明らかにしました。ユビキチンは、細胞内で不要なたんぱく質を分解する際の目印となるもので、パーキンソン病などの神経変性疾患の発症に関わっているほか、がんなど様々な病気の発症にも関係していると考えられています。
この研究成果は、米国科学雑誌「Cell(セル)」の4月30日(米国東部時間)付オンライン版で発表されました。さらに、5月1日(米国東部時間)発行の「Cell(セル)」にも掲載されています。
An Inhibitor of a Deubiquitinating Enzyme Regulates Ubiquitin Homeostasis
Cell, Volume 137, Issue 3, 1 May 2009, Pages 549-559,
Yoko Kimura, Hideki Yashiroda, Tai Kudo, Sumiko Koitabashi, Shigeo Murata, Akira Kakizuka, Keiji Tanaka
研究の背景
ユビキチンは、細胞の中で「ゴミ(不要なたんぱく質)」に結合して「分解の目印」となる非常に重要なたんぱく質で、ユビキチンが結合した「ゴミ」は、プロテアソームと呼ばれる「分解装置(酵素の複合体)」によって分解され、細胞から除去されます(図1参照)。ユビキチンが足りなくなると、細胞内に不要なたんぱく質がたまってしまい、その細胞本来の機能を果たさなくなり、病気を引き起こすなど、人体に悪い影響を及ぼします。
こうした機能を正常に果たすため、細胞内のユビキチンの量は常に適切に保たれる必要がありますが、これまでそのコントロールのメカニズムについては、ほとんど分かっていませんでした。
図1.ユビキチン-プロテアソーム系によるたんぱく質の分解
細胞内で、不要なたんぱく質は、ユビキチンという目印をつけられる。ユビキチンが結合したたんぱく質は、プロテアソームと呼ばれる巨大な分解装置(酵素の複合体)によって分解される。
研究成果の概要
今回の研究では、ユビキチンの制御においてヒトの細胞と大変よく似た仕組みを持つ酵母細胞から、これまで知られていなかったRfu1 (Regulator for free ubiquitin chains 1) というたんぱく質を発見しました。
ユビキチンは細胞内で余っているときは、いくつもつながって鎖状になり、使えない(貯蔵庫として蓄えられている)状態になっていると考えられています。今回発見したRfu1は、この鎖状のユビキチンをバラバラにする酵素(脱ユビキチン化酵素)の働きを阻害する機能があります。これにより、平常時は余分なユビキチンは鎖状にとどまっていますが、熱ショックなどのストレスにさらされて細胞内に変性した「ゴミ」のたんぱく質が増え、ユビキチンが多く必要になる時には、Rfu1が減ることにより脱ユビキチン化酵素が働き、鎖状のユビキチンがバラバラにされ、細胞内に十分なユビキチンが供給されることが分かりました。(図2参照)
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図2.熱ショックによるストレス時のユビキチン化反応
平常時は、余分なユビキチンは鎖状になって使えない状態になり、 Rfu1が脱ユビキチン化酵素(この場合 Doa4とよばれる分子)の働きを阻害している。熱ショックストレス時には、 Rfu1の量が減ることにより脱ユビキチン化酵素が働き、鎖状のユビキチンから一個一個のユビキチンに変えられ、たんぱく質へのユビキチン化反応が可能になる。
発見の意義
パーキンソン病、ハンチントン病等の神経変性疾患は、神経細胞内に異常なたんぱく質が産生され、神経細胞本来の機能が阻害されることが発症原因であり、その発症には不要なたんぱく質を処理するユビキチン-プロテアソーム系が大きく関わっていると考えられています。またユビキチンは、DNAの傷を直す過程や、細胞内の情報伝達にも関与しており、正常に働かないと、がん等の病気も誘発されると考えられています。
今回の成果により、これらの疾病の予防や治療を「脱ユビキチン化酵素によるユビキチン量のコントロール」という観点から検討することが可能となり、脱ユビキチン化酵素の機能についてさらなる解明、解析を進めることにより、その活性を調節する薬剤による新たな治療薬の開発など、これまでには考えられなかったまったく新しい機序による予防法や治療法の開発に寄与することが期待できます。
※本論文の紹介記事が「セル」誌に掲載されました。
Cell. 2009 May 1;137(3):397-8. Preview
Rfu1: Stimulus for the Ubiquitin Economy
Dieter A. Wolf and Matthew D. Petroski
During cellular stress, monoubiquitin is in demand due to the accumulation of misfolded proteins that require proteasomal degradation. Kimura et al. (2009) now show in yeast that monoubiquitin levels are bolstered during stress conditions by downregulation of the protein Rfu1, an inhibitor of the deubiquitinating enzyme Doa4.
用語説明
神経変性疾患
主に成人期以降に発症する脳の病気の一種で、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病などがある。これらの疾患の多くは、神経細胞内に異常なたんぱく質が産生されることが発症原因である。
パーキンソン病
手足のふるえやこわばり、動作緩慢、転びやすいなどの症状がある神経変性疾患のひとつ。日本での有病率は、およそ1,000人に1人と言われる。治療は、症状を緩和する薬物治療を中心に、様々な運動療法によるリハビリテーションが行われる。
ハンチントン病
不随意運動(自分の意思とは無関係で止められない体の動き)や精神症状(性格変化、知能障害)が特徴の神経変性疾患。日本での有病率は、およそ100万人に1~4人。