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所長代行
田中啓二所長代行
田中 啓二 Keiji Tanaka

先端研究センター長

年頭所感(2010年):新たなる出発
 

 昨年4月、新研究所Ⅰ期棟(東京都医学研究機構本部事務局と臨床研が入所)が完成し、臨床研は駒込キャンパス(文京区本駒込)から松沢キャンパス(世田谷区上北沢)に移転してきました。

 7月からは動物飼育施設、P3施設、RI施設など研究のための基盤も整い、移転作業のために活動を停止していた研究所も完全に復活しました。今日悪化を辿っている経済状況を考えますと、新研究所は絶好のタイミングで建設されたと思います。我々はこの幸運を単純に甘受するのではなく、関係者一同が一丸となって研究所のさらなる発展に尽力し、輝かしい成果を挙げることによって都民の付託に応えることが必要です。

 臨床研が国内外に誇りうる立派な研究所に再生できたことは、後世への誉となるべき慶事でありますが、現場の研究者としては歓びに現を抜かしている余裕は全くありません。古今東西の科学史が物語っているように研究所の値打ちは、決して外見的な建物の威容ではなく(勿論、最先端の充実した設備は必要ですが)、過去にいかに大きな成果を挙げ世の中に貢献してきたかという実績に加えて、より重要なことは、現在「どのような研究者がいてどのような研究をしているか」という一点に尽きると思われます。

 このためには構成員の各々が研鑽を積み、自ら発展すること以外に方策はないと思います。と同時に研究所は、時代の動向を踏まえて必要な方針を適切に策定し、研究員が研究に邁進できるように研究環境を整備することが要請されていると思います。

  東京都医学研究機構(機構本部、神経研・精神研・臨床研から構成)は、約5年前にそれまでの研究体制を一新してプロジェクト制を導入しました。勿論、この研究体制の転換に関しましては、当初、賛否両論の意見が出ると共に研究所間での認識の相違が表面化したこともありました。しかし5年という歳月を経た今日、プロジェクト制は(万能でないかもしれませんが)研究所の前進に大きく貢献してきたと思われます。

 世の中にプロジェクト制の類が沢山あることは承知していますが、私は十把一絡げにして欲しくないという気持ちを持っています。それは、我々のプロジェクト制が極めて厳格にその進行状況を監視する方針で臨んできたからであります。

 第1期プロジェクト制として当初30課題を立ち上げましたが、毎年、外部評価委員会による厳正な評価を受け、その年の研究成果の評価点を内外に公表(ホームページに掲載)すると同時に、その順位を基準に研究費を傾斜配分して参りました。私の知る限り日本のみならず外国も含めて公的研究機関が、研究成果の評価点を全て発表している(即ち学術的順位を明白にしている)研究所を知りません。

 その結果、第2期プロジェクト制の発足に際して、プロジェクトリーダーの意思に反しプロジェクトの継続を阻まれる課題や大幅な変更を迫られる課題も生じてくると思われます。評価結果を次期の運営に反映させることがなければ、評価制度の意味が根源的に問われる事態になりますので、プロジェクト実施の見送りは非情な制度とは思いますが、この試練を克服することが成長の貴重な糧になると思います。

 但しプロジェクトの継続が容認されない課題においても研究する機会が失われる訳ではなく、また研究者個人の生存権を脅かすもの(組織からの排除)ではありませんので、捲土重来・復活のチャンスは十分にある制度となっています。不本意な裁定を受ける(と思っている)研究者においては、組織を見返す気概をもって臥薪嘗胆・反骨の精神で頑張って頂きたいと思っています。

 一方、今回、プロジェクトの遂行が認められた課題であっても、プロジェクト終了の5年後、次のプロジェクトとして存続できるか否かは、外部評価の結果次第でありますのでゆめゆめ怠りは禁物です。我々のプロジェクト制は、このようにメリハリの利いた厳しい制度ですので、研究者は日々漠然・安穏と時間を消費する訳には行かず、正に(学者としての)命がけの覚悟で提案プロジェクトの履行を迫られることになります。

 私は嘗て長い間大学付属の研究所に在籍していましたので、その経験を踏まえますと、この評価制度におけるプロジェクトリーダーの重圧は、何ものにも御し難い“激烈さ”であることは、認めざるを得ません。しかし大学の研究機関と大きく異なる点は、臨床研には(研究者の養成を別にすれば)教育機関としての使命(責務)がないことであり、我々は全ての時間を研究活動に注ぎ込むことができる一方、研究の成否が将来の浮沈に直結することになります。

 さてこれまで3研究所が歩んできた研究体制の相違を考えますと、第1期のプロジェクト制の毎年の研究評価が完全無欠に公正・公平であったか否かは、些か問題点がなきにしもあらずと思っています。従って現在、第2期プロジェクト制に移行するに当たり、学術性や専門性がより的確に評価できる制度への改良も含めて多面的な議論を展開しています。

 私は第2期プロジェクト制の確実な遂行が、明年春に現実となる3研究所の統合後の研究所発展の帰趨を決するものになると思っています。研究者の皆様、臨床研として最後の年である本年、最高の成果を挙げるべく背水の陣で頑張りましょう。


  さて最初に述べた研究所の引っ越しは、職員や学生たちにとっても悲喜交々であったようです。

 私も例外でありませんでした。随分前に駒込駅近くに居を定めて以来、まさか電車通勤になるとは夢にも思いませんでした。通勤時間のことであります。door to doorで約1時間10分を要します。それまでは、旧駒込キャンパスまで徒歩で20分余り(タクシーで約5分)、その利便性には、雲泥の差があります。私は生まれて初めて定期券なるものを購入しました。電車通勤もそれはそれなりに楽しいと思ったのは、最初の数ヶ月にしか過ぎませんでした。

 当初、電車から眺める風景は、物珍しかったのですが、毎日、往復2時間以上を通勤に費やすとなると、この時間が限りなく無駄に思えて、生活設計を見直す必要性を強く感じています。加えて昨年還暦を迎えた私の場合、両腕で吊革を握りしめる満員電車は、少なからず緊張を強いられ決して楽しいものでありません(それにしても日々新宿の混雑に出会すと、なんでいつも大勢の人達があくせくと蠢いているのだろうと不思議な気がします:その中の一人であることも顧みず、不満が鬱積します…)。

  しかし、電車通勤にも楽しみ(効用)があることに気づきました。それは、読書時間が大幅に増えたことであります。元来、読書は趣味の一つでありましたが、この十余年、週末を除くと、就寝前に少しの時間、好きな本に目を通す程度の余裕しかありませんでした。

 今回、電車通勤になって、本屋巡りが多くなったことは、頭のリフレッシュになっています。その感想ですが、本屋における書物の賞味期間が余りにも短いのに驚かされます。興味のあった本を次回に購入しようと思って暫くして訪れますと、その場所には別の本が収まっているといった案配です。また様々な雑誌類が毎日のように出版されており、その多様さに驚かされます。そして日本人のこの読書好きが国力を下支えしているのかもしれないと思ったりします。しかしこれは驚くに価することではないのかも知れません。

 と申しますのはImpact Factorが登録されている生命科学に関する専門雑誌でも6500誌以上あるからです。私は機会がある毎に研究者としての務めとして論文執筆を奨励していますので、投稿する雑誌が多いことは幸便なのですが、数千もあるかと思いますと、暗然とします。

 近年、医学研究機構の業績評価においても論文の数よりも質がより重要視されますので、皆さん、少しでも価値の高い雑誌に投稿することを薦めます。安っぽい(インパクトの低い)論文を沢山書くことで自己満足することは、決して誉められたことではありませんし、将来ある若い研究者たちの取るべき態度とも思えません。常により上級の雑誌への掲載を狙って、野心的に取り組むこと、そしてとくに自ら独創的な結果を得たと信じたときは、敢然と一流誌を狙う野心を持って激しく臨むことが必要であると思います。この挑戦こそ、研究者たることの醍醐味の一つでしょう。

 多くの場合、一敗地にまみれることになるかもしれませんが、それでも挑戦したことは成長の糧になり、決して無駄にはならないはずです。そして一度、一流誌に自分の論文が掲載されると、味を占めて、次回もチャレンジすることになり、案外、上手く運ぶことになる場合が多いのです。「柳の下の二匹目のドジョウ」は、科学の世界では、幻想でないと思います。


  ところで世界的な経済活動の遅滞を受けて我が国の国家予算も困窮し、これまで継続的に増大してきた科学予算についても見直しが必至の状況になっています。従って科学研究補助金(文部科学省)に代表される競争的研究資金の獲得につきましては、厳しさの度合いがより一層強まり、前例のない困難な時代を迎えようとしています。

 しかし何時の時代においても研究資金の確保に「神の手」のような卓越した技がある訳ではありません。公正に研究費を確保する秘訣は「良い論文を執筆する」ことであり、それ以外に便宜的な方策があるとは思われません。皆さん、この困難な時代に直面している今こそ、科学の原点に立ち返り、論文執筆を至上の命題として研究に邁進しましょう。